悪意のある人は存在するんだわ。また人ってバカだなとも考えてしまう。



 白い磔刑(たっけい)→磔(はりつけ)という話。

 降霊術の対価のようなもの、複数の眼などが顔に浮き出るように視えるというところは受け入れられない怖さだった。




 世界の外のどこへでもという話。

 降霊術繋がり。行き過ぎた人の話。見たい見たいとね。想像以上のモノがみえたら……。




 この本の表紙である水槽が示すのはカナエの水槽である。

 カナエとは?

 それは一種のドッペルゲンガー現象のようなもので、この本も然り、他の本にも度々似た話が登場する。ある者は絶命したり、何事も無かったかの様に振る舞うときもある。


 カナエは特徴的仕草に、目を見開くというのがある。これは好意、驚き、警戒、探究心、不安や嫌悪感などがあるみたい。

口をニヤつかせるは、好意、喜び、悪戯心なんかが当てはまるみたいで、場合によっては余裕や見下した時などもそうではなかろうか。

 しかし、どちらにせよ、怒りという表情では無いように思う。


 熱帯魚の話が出てくるが、そこで年魚を知った。アユ、サケなどは一年しか生きられないと書いていた。



 印象に残った言葉は、

「医者とは病気にならない存在か?」

 師匠的存在、水谷さんの言葉で、なるほどと思った。



 この本の最終話は強烈な内容となっていた。タイトルは、異話という話。

 散歩をしていた男が、森の中に積み重なって廃棄された仏壇の群を見つけた。しかし、それは……。

 依頼者のその後は語られていない。

 相当気持ちの悪い話であったが、一つホッとする言葉があり、それは、粗末なモノでもお守り様な者は人の念が入るというところ。



 この本の締めくくりの様なメッセージは、存在しないものを信じるより、現実に目を向けるだろう。



 ほぼカナエの話だが、ふと、ヒカルの碁のサイを思い出してしまった。郷内さんの本ではそういう存在はいいモノでは無いため、下手に影響されてバカなことをした人がいるかもしれないとも思ったりするな。たまたまだが、シンドウ繋がりになってるし……。



 新しい方の本でもカナエは語られていたが、内容は同じである。改めて正直、カナエよりも最後の話がすざまじい話だったというのが残った。



 郷内さんの本はいつも思う事だが、怖いもの見たさで見ているのではなく、人という存在と、その愚かさなどを見ている。なんてバカな事をするのだろうとか。または、なんて酷い人間が存在するのか?なんかも。